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裸火祭と、古代の冒険

裸火祭と、古代の冒険 Posted on 3月 9, 2020Leave a comment

岩手県二戸市、東京駅からおよそ2時間半ほどの距離にあるこの街は、多彩な食べ物、古くから伝わる文化、そして歴史の豊かな街として知られている。特に有名なのが、二戸市で行われるサイトギと呼ばれる裸火祭、そして縄文時代の人々の生活が体験できる博物館だろう。ここではその2つの体験を紹介したい。

|ふるさと創造館

まずは、100年以上の歴史を持ちここ岩手県九戸の郷土体験ができる、ふるさと創造館へ。このふるさと創造館の中には、テクノロジーが発展する前に使われていた、たくさんの道具が展示されていた。岩手県は降雪量が多い地域の為、ここに住む人々は藁を纏い、風や雨・雪 から耐え忍んでいたという。

ふるさと創造館を一通り見学した後は、ジューシーなステーキと豚肉を使った伝統料理を楽しんだ。

シェフの会話はとても愉快で、また彼の笑顔は食事をさらに美味しくしてくれた。

メイン料理の他にも、囲炉裏で作る、野菜たっぷりのスープもいただいた。生地を小さな薄く耳たぶくらいの厚さにひっぱってのばしてちぎってスープに投げ入れるよう指示されるが、熱くてなかなか入れられなかった。

料理の後は、シェフと一緒にシェフオリジナルのデザートを一緒に調理してそれををいただく。りんごの皮に抹茶アイスを乗せ、さらにそこにホイップクリームとさくらんぼを乗せたもので、食後にはぴったりだった。

食後には火の消えかかった囲炉裏のまわりに集まり、外国人観光客が二戸市に与える影響についての話をする機会があった。二戸市は、世界中の国から観光客に訪れてもらい、そしてこの街の歴史について知ってもらうことをとても大切に考えているようだった。

|二戸市-裸火祭(サイトギ)

サイトギ(裸火祭)は400年以上の歴史を持ち、その起源はその年の豊作を占うためのものである。参加者は薄い布のみを纏い冷たい水を浴びる。そして丸太を使用し、4メートルにものぼる燃え盛る炎の塔を叩くのである。

サイトギは4つの儀式によって構成されている。おこもり、みずごり、裸参り、そして火祭である。

|サイトギ 裸火祭 – おこもり

祭りの前日に、5つのおこもりが作られ外に設置される。おこもりとは小さな剣状の穀物の柱である。そのおこもりが、その年の収穫の出来を示しているとされる。

| サイトギ 裸火祭 – みずごり

みずごりとは冷水で己の身を清めることである。祭りの日の夜、参加者は服を脱ぎ褌だけを身に纏う。そして他の参加者とペアを組み、大勢が見守るステージの上で、冷たい水を被り己の身を清めるのである。

|サイトギ 裸火祭 – 裸参り

そうして身を清めた後はその褌を脱ぎ、5メートル程のサラシを体に巻きつける。この時、身に着けられるのはこのサラシしかない。不意の事故を防ぐためにも、サラシはきつく巻いておいた方がいいそして頭にはハチマキを巻き、足袋を履く。そして藁の草履を履くと腰蓑を着れば準備は完成である。

身に付けるものの準備が出来たら、もうひとつ準備しなくてはならないものがある。それは5円玉か10円玉である。それを小さな紙に包んで、サラシの中に用意しておく。ここからはまたペアになって行動する。塩をひとつまみ口にし、お神酒を一口飲む。そして白い紙を口に咥える。白い紙を口に咥えている間は、話すことは許されない。サイトギの本当のスタートはここからである。

先頭の人に習い、鈴を左右に振りながら進んで行くと、腕の幅ほどの視界しかない丘の上に誘導される。そして全員がそこに到着すると、そこにある3つの神社に敬意を示しながら、小さな灯籠の灯りだけ頼りに石の階段を登っていく。それぞれの神社についた時には、先程の5円玉をそこにおいていかなければならない。最後にそこにいるとされる15の神々に敬意を払いつつ、祭りの2時間ほど前から火を付けられ、燃え盛っている炎の塔の周りを歩くのである。

|サイトギ 裸火祭 – 火祭

神々に敬意を払った後は、その燃え盛る火の塔の周りに位置を取る。そして祭りの儀式の笛と太鼓がなっている間、自分のペアと共に4メートルもの長い木の棒を使い、火の塔の上の部分を叩き続けるのである。叩いている間は火の粉が雨のように降り注ぎ続けるが、それが自分の体を焼き尽くさないように祈るしかない。参加者は休憩中は近くの雪を使い、自分の体を冷やし次に備える。燃え盛る炎の方向は、その年の収穫の出来を表している。

もし炎が神社の方向を指すと、その年は不作になると言われており、逆に神社から離れた方向を指すと、豊作になると言われている。それを4回繰り返した後に儀式は終了となり、その後は履いている藁の草履と腰蓑(こしみの)を神社に結びつけるのが習わしである。

全てが終わった後は参加者全員でビールを飲み、けんちん汁を食べる。ここに伝わる伝説によると、3年連続で祭りに参加すると、幸福が訪れると言われている。


二日目 – 縄文文化体験

縄文時代といえば、約1万6000年~3000年前の日本の歴史である。この縄文という言葉の語源は、この時期に作られた土器などの模様からきている。今現在でも縄文時代の土器については、新しい発見がされている。ここ岩手県一戸町では、縄文時代に作られたものが数多く見つかることもあり、縄文時代の博物館がある。この博物館では、縄文時代のネックレスを作ったり、料理を作るなど、数多くの珍しい体験ができる場所なのである。

|縄文時代の料理

縄文時代にはまだナイフや箸はなかったとされている。当時、人々は尖った石などを使い食材を切っていたようだ。またマッチもないため、火を起こす時も尖った石を使っていた。ここ一戸の縄文博物館では、当時と全く同じ体験ができる。火を起こす方法を学び、縄文時代のスタイルで料理を開始する。キノコ、ポテト、ハーブ、そしてラム肉を尖った石でカットし、背の高い黒い鍋で煮込んでいく。

縄文時代の火起こしを体験すると、当時の人々の創意工夫には驚かされた。当時の火起こしの道具は滑車のようなシステムで、木のハンドルを上下に動かす。丁度良いスピードとリズムで何度もハンドルを上下すると、その摩擦熱によって火がつく仕組みである。

そこでついた火は大きな木に移し、さらに調理するための場所へ移動させる。この火起こしを含めた準備には1時間半ほどかかり、またそこからスープを完成にはさらに1時間を要した。

この寒い北日本の冬において、暖かいスープは必要不可欠である。そしてもう1つこの寒いエリアに必要不可欠だったのが、防寒着である。ここ東北地方において、防寒着と家のない生活は考えられないだろう。

|縄文時代のアクセリー

博物館には様々な当時の衣服が展示されていて、そしてそれぞれの衣服にはペンダントがついていた。そのペンダントは樹皮を薄くカットしたしたもので、ここではそのペンダント作りも体験する事もできる。まず薄くカットされた樹皮の大きな破片を、数日間水に浸す。そうするとこの樹皮は柔らかくなり、様々な形に変化させる事ができるようになるのである。

|御所野縄文博物館(縄文公園)

その他にもここの博物館には、縄文時代の陶器や武器に関する様々なアトラクションがあった。当時の暮らしを知ることができる10分ほどのビデオもある。ここでは幅広い年代の人が楽しめるように、趣向が凝らされていた。

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