「農泊を始めてよかった」と語るホストに共通するのは、
観光業としての成功より先に、人とのつながりへの喜びがあること。
この連載「ホストが綴る、農泊の魅力 」では、
鹿児島県の頴娃(えい)町で農泊を営む瀬川さんの想いを4回にわたってお届けします。
数字や実績ではなく、日々の暮らしの中から生まれた農泊という営みの豊かさを。
1日1組限定の宿でゲストと土地の日常を分かち合う彼女が、夏に見つけた小さな贅沢とは。
目次
【ライター】瀬川 知香(暮らしの宿 福のや、)

著者 プロフィール
鹿児島県出身・在住。 大阪の旅行代理店、高知や鹿児島の観光協会勤務を経て、現在は夫と農業に従事する傍ら、古民家を再生した宿泊施設2棟の運営や、農村体験プログラム「畑旅」を主宰。 いろいろな場所に出かけ人と会うことが大好きでライターとしても活動する。
夏の1日のはじまり

夏になると、宿の朝は蝉の声で始まります。街に住んでいた頃は、夏といえば暑さを避ける季節でした。
なるべく外へ出ず、冷房の効いた部屋で過ごすことが当たり前。けれど、この農村で暮らすようになってから、夏は「自然を感じる季節」に変わりました。
朝の空気は驚くほど澄んでいて、茶畑には夜露が残っています。
鳥の声を聞きながら歩いていると、少しずつ昇る太陽が茶葉を照らし、緑色がいっそう鮮やかになっていきます。その景色を見ているだけで、「今日もいい一日になりそうだ」と思えるのです。
宿に来られるお客様も、到着したばかりの頃は「暑いですね」と話しています。でも翌日になると、不思議なくらい歩く速さがゆっくりになります。
近所を散歩したり、その日の気分に合わせて時間を過ごしたり。予定を詰め込まないからこそ見えてくる景色があります。
夏の1日のおわり
私が一番好きなのは、夜7時を過ぎた頃の時間です。
昼間の刺すような日差しがようやくやわらぎ、空が少しずつ茜色に染まり始めます。
昼間は暑くて外へ出るのもためらうような夏の日でも、この時間になると風が心地よくなり、自然と「少し歩いてみようか」という気持ちになります。
宿では、お客様と一緒に近所の魚屋さんまで夕飯の買い物に出かけることがあります。
途中を歩くのは、馬車が行き交っていた頃から大きく変わらない道。
道端には季節の草花が咲き、近所の方と「こんばんは」と言葉を交わしながら歩いていく。
魚屋さんでは、その日おすすめの魚を教えてもらい、「今日はこれがいいよ」と会話が弾みます。
特別な体験ではありません。
でも、旅先で地域の人と同じように買い物をして、夕暮れの道をゆっくり歩く時間は、とても贅沢な時間だと感じます。
宿に戻る頃には空の色がゆっくりと深まり、虫の声が聞こえ始めます。
空を見上げれば、無数の星が広がり、一日の終わりを静かに感じることができます。
つながる旅、つづく旅

宿では、「何か特別な体験をしました」というより、「何もしなかったことが一番よかった」と話してくださるお客様が少なくありません。
便利さや効率を求める毎日だからこそ、何もしない時間が、実は一番贅沢なのかもしれません。
農村の夏は、派手なイベントがあるわけではありません。
それでも、この土地の何気ない日常に触れた人が、「また帰ってきます」と言ってくださる。
何気なく過ごしている毎日が、誰かにとっては忘れられない思い出になる。
その積み重ねが、人と地域とのつながりを育み、この場所の未来を少しずつ豊かにしていくのだと思います。
今年の夏も、この小さな宿で誰かを迎えながら、地域の何気ない日常を、次の「また帰ってきます」という言葉につないでいきたいと思っています。
農泊は事業であり暮らしを豊かにする取り組み

農泊は、地域の魅力を「体験」という価値に変え、交流と収益につなげる取り組みです。
あなたの地域でも、始めてみませんか。


